だからこその、この事態。僕は簡単に、簡潔に、そして文句を交え、含ませ、事件性を匂わせ、そしてそれらは茶番であるとし、でも連絡がつかないのは本当であると零(こぼ)し、ふざけんなよあいつ、敵前逃亡かなどと宣(のたま)った。

こんな事は今までなかった、僕に何の連絡も寄越さないで消えるなんてありえないでしょう、なんて愚痴愚痴と。無機質な言葉は僕を労(ねぎら)い、揶揄(からか)い、茶化し、お前の行方を不安に思い、不和の発生、解散の二文字をチラつかせ僕をイラつかせた。

するわけねーだろ、なんて腹の底で愚痴る。しかしだ、急遽ソロ配信になってしまった為着込んだシャツのボタンを指先で弄(いじ)りながら、本当にどこに行ったのか、とあらため不安になった。

いつもはサイレントモードにしてあるスマホも今はバイブレーションモードにしている。鬱陶(うっとう)しい振動を心待ちにしている自分が、鬱陶しい。

視線を眼前のディスプレイに戻して饒舌(じょうぜつ)に拍車をかけていると、とある一言が目に止まった。

『かけてみたら?』

僕はそこで一旦休憩を挟んで、パソコンからメッセージ用のアプリケーションを設定した。お前や僕が不在の時、ゲスト出演などがあった時などによく使う手だ。

もし、お前がこの放送を見ていたとしたなら、電話に出る可能性はあるよなぁ。そうだったら僕はその真意を問いたいけれども。予定の時間に来ず、電話に出ず、配信をすっぽかし、僕を無視する。この十数年間を共にした僕を。

パソコンのHDDから小さな唸(うな)りが聞こえ、僕は何だか寂しくなった。その時、スマホが震えた。僕は蝿が己を殺さんとする手から逃げるより早くそれを手に取ると画面を見る。着信を知らせていた。通話ボタンを押して耳に当てる。

お前ではなかった。

お前の母親が、お前と連絡が取れない事を電話の向こうで詫びていた。

「僕はいいんです、こちらこそすみません」

そう言って通話を切った。

どうしようもなく不安になった。

実の母親からの連絡さえも絶っているのか、お前は。燻っていた焦燥感が胃の底で膨れ上がり、喉の奥までせり上がって来ていた。

僕はマイクのスイッチを入れて何事もなかったかのように喋り始めると、不安をかき消すようにじゃあかけてみますか、と視聴者に煽られたふりをする。背中を押して欲しかったのだ。何でもない事のように振舞って、全てを流してしまいたかったのだ。僕は。

珍しく、隣の部屋で寝ている愛猫が、少しだけ開けていた戸の隙間を通って僕のいる部屋へ入って来た。横目で見やる僕をじっと見つめると、二、三度瞬きしてから前足を僕の膝の上に置き、確かめるようにして踏んでいく。そうして、まぁ、ここでいいでしょうという顔をして横たわった。

やはり声はあげない。わかっているのだろうか、この子は。僕は流れ行く言葉の後押しに支えられながら、お前の名前を呼び出して先ほどから何十回も聞いた電子音にげんなりした。

そうやって、時間ばかりが過ぎて行く。

ディスプレイの中、言葉達が落胆して行く。

僕は憤慨して見せたが、いつものより勢いがないのはわかっている気がした。

 

【前回の記事を読む】玄関を覗いたが、物音一つ気配すらなかった。数通まとめてメッセージを送った。注意、怒り、心配、呼び掛け。だが、お前はいない。

次回更新は12月26日(木)、20時の予定です。

 

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