ALS
次の日からしばらく、「昨日は眠れた? メラは大丈夫」というのが顔を合わせた時の最初の挨拶になった。メラという猫とでも一緒にいるような気分になって、少しだけ心が安らいだ。その後、眠るときだけメラの細い管はテープで頬に貼られるようになった。
「マア、マア、ダヨ。デモ、疲レテイルヨ」
京子の右手の指を半分ずつに分けて、私の両手で持ち、京子の肘が少し上がるまで、持ち上げて、ゆっくりゆする。
「ぶらぶら、ぶらぶらぁー」
小声に出しながら上下にゆすり、ベッドの向かい側に移動して、左手も同じようにゆすった。そうすると、京子は子供に返ったようになり、笑顔がこぼれた。京子の手はいつも腰の脇に、手の平を伏せた状態で置かれていた。室内の体感温度によって布団から出しているか、入っているかの違いだけであった。
「ポケットカラ、手ヲ出シテイルカ、出シテナイカ、ダケダヨ」
京子は訳ありのような目を私に向け、目蓋を小刻みに動かした。以前は短時間のみ、手の平を上にするリハビリもあったが、手首が少し硬くなり、無理に動かすと痛みが出るようになったため中止していた。
「私、情ケナイ顔、シテル?」
「え?」
私は思わず苦笑した。京子には、とっくに気付かれているのかもしれない。情けない顔をしているのは私のほうだ。さっきから、無邪気な子供のような、それでいて得意げな目は、これを意味していたのかもしれない。
京子の笑顔を見たいとき、リハビリを口実にして、私がやっていた本当の意図を見抜かれていたのかもしれない。