「何故、悲シイノカ、分カラナイノ?」

「ああ、それが、分からない時がある」

「何カ、ロマンチック、ナノネ」

京子は、私以上に辛い時間が一杯あるはずなのに私を慰めようとしていた。私は、京子の顔を覗き込んで小さく頷いて、瞬間的に後悔した。

「あっ、ごめん。ごめん。本当に何でもないんだよ」

少しわざとらしい調子はずれの答えに、京子は聞いてはいけない独り言を聞いたように、暫く考えてから

「アナタノ、思ッテイル事ノ、全テガ、実際ニ、起コルトハ、限ラナイ。ダカラ、ソンナニ、悲シマナイデ。アンマリ、悲シンデイルト、口キカナイカラ」

と微笑んで見せた。

私は喪失感を悟られまいとして、無理をして会話をすることで、正体のない時間に、自分から迷い込んでしまったのだと思った。

『京子の筋肉の全てが動かなくなる前に、完治する薬の完成を、急がせてください。それがだめなら病気の進行を止めてください。その間に、京子にばれないような、笑顔を作り出す次の技を考えます』

誰に言っているのか、誰に誓っているのか分からないまま心の中で言った。

私は気持ちの持って行き場をなくしていた。悲しいときに、涙をこらえて心の中で『悲しい。ガァ~ー』『悔しい。ガァ~ー』と叫んで、自分の中に小さな怪獣を育てていた。これまでに経験したことのない寂しさを紛らわす時間であった。『なんでだ。ガォ~ー』と、たまに何かに当たりたくなる衝動にかられることもあった。感情が高ぶると、そのまま涙がぼろぼろと出た。

  

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次回更新は12月28日(土)、21時の予定です。

  

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