さらに調査で地盤が軟弱なことが分かり、地形のアンバランスさと地盤の強度を考慮して、「ロックフィルダム」という方式が採用された。ということらしい。
「見たら分かるように、ダムの斜面が緩やかに石積みされているだろう。破砕した岩石と土砂で固められたダムだ」
説明をしながら歩く父に、遅れないように付いていく。
すると左岸側の斜面づたいに階段がある。まだ水が入っていないダムの天端(てんぱ)に向かうその階段を父は登り始めた。後に続く僕が音を上げる寸前に、ダムの天端に二人して立つことができた。
自らが関わっている建設工事を語る父の姿をみるのは、僕にとっても初めてのことであった。天端に立つと、ダムの高さと規模がよく分かる。水の無いダムがこれほど高いとは思いもしなかった。膝が笑っている。
奇妙な平衡感覚のズレを感じながら右岸に向かう。天端をぎこちなく歩く自分が情けない。
「父さん、あの人たち、よくあの上を平気で歩けるね!」
思わず、ぶるるっと無意識に身体が震えた。右岸側に建設中の取水塔の上で、命綱もなしに仕事をする作業員たちを指差した。
「ああ。彼らは専門の職人だ。いわゆる、『鳶職』という人たちだ。高所の仕事を請け負う専門職だから命懸けの仕事だ。だから給料も高い。一般の人夫とは天と地の差がある。けれども、危険度が極めて高い仕事だから、生命保険には殆ど入れない」
60メートル以上はあるだろう。「鳶」と呼ばれる職人たちが、水のないダムの取水塔の上で命綱もなしに働いている。
「彼らが日本の高度成長を支えてきた。戦争が終わり、混乱期を経て日本は高度成長期という時代を迎えた。その中で、日本人は必死で働いたんだ。夢中で働いた。深く
傷ついた心の傷を、夢中で働いて忘れようとしていたんだと思う。それは同時に日本という国を再び創り直すことだったんだ」
父は自らの人生を吐露するかのように話を締めくくった。
僕が記憶する限りにおいて、このように語る父の姿をみたのはこれが最初であり、そして最後であった。
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