破綻
水島夕未との楽しい時間は長くは続かなかった。よくなかったのは僕が彼女を現実からの逃避先にしてしまったことだろう。今考えると彼女とはもっと知的かつ建設的な関係を築けたはずだった。
もう少し彼女の気持ちを考えて、たまには一緒に出かけたり、ちょっとしたプレゼントをしたり、普通の恋人たちのようなことができていれば何かが変わったかもしれない。結局、僕は自分のことで精一杯で余裕もなく、彼女を逃げ場にしていただけだ。どんどん彼女の身体に溺れて、仕事を遠ざけるようになった。
朝、遅刻していくことも多くなった。彼女は苦しんでいる僕を懸命に支えようとしてくれたが、そのうちにこれではいけないと思ったようだ。ある日、いつものようにマンションに行ったときに彼女が言った。
「角野さんが元気になるなら、私はなんでもしたいと思って一緒にいます。でも最近は私と一緒にいることが角野さんにプラスになっていると思えません」
「そんなこと言わないで、一緒にいて欲しい」
僕はすがるような気持ちになった。しばらく間をおいて彼女が言う。
「分かりました。お約束したように私は拒否しません。でも今はお付き合いしていても寂しいです」
そう言われて、気持ちが今までにもまして深く沈み込んでしまった。
「今のままでは私が角野さんの立ち直りを逆に邪魔しているようにも思います」
「なんとか立ち直れるよう頑張ってみるよ」
そうは言ってみたが、僕は絶望的な気持ちに陥っていた。2人でいるときに気持ちが沈んでしまったのは、このときが初めてだった。それから2人の関係はさらに1ヵ月くらい続いたが、共有している時間を楽しむような雰囲気ではなくなった。
最初の頃のような知的な会話や軽妙な冗談が、会うたびごとのセックスとその後の空虚さに置き換わり、青空のように抜けた楽しい時間が消えてしまった。
ある日、遠出してどこか海の見えるところで食事したいと水島さんが珍しく提案した。
初めてのことだった。きっと状況を変えるきっかけが欲しかったのだろう。
でも僕がとてもそんな気になれないと言って断ると、水島さんは残念そうな顔をして、しばらく俯いて黙ったままだった。2人の間に気まずい空気が流れているのを止める術もその意欲もなく、周りの空気もどんよりと淀んだままだ。