大阪編

回復

水島夕未と個人的に会わなくなっても、ときどき営業所内ですれ違う。僕は軽く挨拶して話しかけようとすることもあったが、彼女は軽く会釈をしただけで表情も変えずに立ち去っていく。

なんとか気持ちを前に向けて、1日を乗り切っていくという日々が連綿と続いていた。彼女と別れて2週間後くらいのことだ。仕事を終えて帰ろうとしたら営業所の若手販売員の反田君が僕の机に近寄ってきた。

ここに赴任してから1年以上経つけれど、考えてみると反田君とは2人で話したことはなかった。所員の中でも一番若くて、まだ二十歳くらいだろうか。

「角野副所長、ちょっとええですか」

「ちょうど、帰ろうと思ったところだけれど、いいよ」

「最近、副所長は経理の水島とあまりつるまなくなりましたね」

「どういうことですか?」

思わず顔色が変わったかもしれない。できるだけ平静を装って相手の出方を伺った。

「所長を失脚させるために相談しよるんだと思っていましたが、やめてしまったんですか?」

今度は少し平静を取り戻して答えた。

「確かにそういうことで水島さんから相談は受けたけれど、僕は営業所をよくすることを目指していると説明しました。大体、所長を辞めさせることは簡単ではないと思います」

「それは木南所長が本社の取締役の息子さんだからですか?」

「えっ、反田君は知っていたのか、そのことを」

「はい。そもそも実績も人望もないのに所長になった時点でおかしいと思ったんです。なので、関連会社も含めて取締役以上の名前を調べてみたんですよ」

「名前を?」

「所長の出世はゴリ押し感があったので、縁故の線を探ってみたんです。木南という苗字は珍しいですから、同じ名前の重役がいればビンゴでしょう?」

見た目からは想像できなかったが、反田君は頭の切れる男らしい。

「そしたら本社の常務取締役に木南という名前の人物がいたんですよ。その木南常務の出身地を調べると大阪でした。出身も所長と同じというわけです」

「なるほど、そこまで調べたわけだ」

「あと、ネットで検索したら所長と常務のツーショット写真も見つけました」

「写真が? 何でそんなものがネットに」