大阪編
小康
水島夕未の部屋はマンションの12階で結構広い。部屋はとても綺麗に整頓されている。部屋全体は黒と濃い茶色を基調としてシックな作りだが、白いディナーテーブルが対照的に映えている。テーブルの上にワインのクーラーボックスとワイングラスが2つ置いてあった。
「これは?」
「今夜、ご一緒しようと思って用意していました」
「え、予定していたということですか?」
「はい、1週間前から計画していました」
「1週間前から?」
「はい、私がお作りしたお弁当を返してくださった日です」
「どういうことですか?」
「それは後でお話ししますので、まずコートを脱いでお座りください」
水島さんは僕のコートと自分のコートをコートかけにかけて、座り心地がよさそうな黒い椅子を勧めてくれた。
「ワインでいいですか? それともビールがいいですか?」
「なんだか素敵なバーみたいなダイニングだね。ワインをください」
「赤ですか? それとも白がいいですか? スパークリングワインもあります」
「では赤ワインをいただきます」
「カリフォルニアのジンファンデルとカベルネ、ボルドーのメルローがありますが、どれにされますか?」
「すごいね。それではカリフォルニアのカベルネをお願いします」
「カベルネ中心のブレンドではロバートモンダヴィのセントラルコーストものとスターレインを用意しました」
「飲んだことない方を飲んでみたいので、スターレインをお願いします」
「比較的新しいワイナリーですが、とても美味しいそうです。初出のスターレインが、あるワインコンテストであのオーパスワンを凌いだそうですから」
そう言いながらワインセラーからワインを1本取り出して抜栓してくれた。抜栓はややぎこちない。
「付け焼き刃なので、慣れません」
「ところでワインセラーにはワインは何本くらい入っているの?」
「右のセラーに赤を6本、左のセラーに白を6本とスパークリングワインが3本です」
「ワイン、好きなんですね」
「いえ、角野さんのためにワインに詳しい友達に相談してピックアップしてもらいました。私はどれも飲んだことありません。せっかく15本用意しましたので、15回は遊びに来てくださいね」
「そんなことできるわけがないでしょう」
「でもこのワインは全部角野さんのためにご用意しましたので、飲んでいただけないとワインが可哀想です。1回に3本飲んでいただければ5回で済みます」
「アルコールは強くないのでそんなに飲んだら眠ってしまうよ」
「私が介抱させていただきますから心配なさらず飲んでください」
こんな会話を交わしていると、深く落ち込んだ気持ちをしばらくの間忘れることができる。水島さんが、ワインを注いでくれた。香りだけでとても上質のワインであることがすぐに分かった。