大阪編

小康

「実は、接待先の予定として申請されている人の中にたまたま知っている人がいたので、本当に接待があったのか聞いてみました。でもその人はその日は所長に会っていないと言うのです。全部ではないかもしれませんが、プライベートな食事の費用を会社に請求されていることがあるのだと思います」

「それはよくないね。そのことを指摘しましたか?」

「いえ、所長とは関わりたくありませんので、今まで黙っていました。そのことを公にしてなんとか木南所長を退職に追い込むことはできませんか?」

「せっかく教えてくれたけれど、それは難しいと思う」

「どうしてですか?」

「まず、経費を少し誤魔化すくらいは、やっている人は少なからずいるし、よくないことですが、それだけでは馘(くび)にはできません。それからもう一つ重要な理由があります。詳しくはお話しできませんが、彼は簡単には馘にはできない人だと本社から言われています」

「えっ、そうなのですね」

「僕がこの営業所に送り込まれてきたのは、営業所の業績が上がらないから、木南所長の下でそれを少しでも上向きにするためです」

「所長も角野さんが送り込まれてきた理由を薄々ご存じのようですが、協力を仰ぐどころか目の敵にされている節があります。低迷している業績を上げるために本社から若い角野さんが送り込まれてきたのが面白くないのでしょう。業績が落ち込んでいるのはご自分の責任なのに困った人です」

「そんな状態でもなんとか業績を上げていかないといけないから大変です。どうやって所員をまとめていけばいいのか苦慮しています」

「そのことですが、お伝えするかどうか迷っていましたが、今後のためにお話ししておきます。所長は、角野さんは精神的に落ち込んで鬱病になり精神病院に通っている、あいつはもうダメだと所員に言いふらされています」

「驚いた。そんなことまで。僕は確かに精神的に落ち込んで所長に紹介されたメンタルクリニックにかかっていますが、精神科ではありませんし、鬱病ではなく鬱状態に陥っているだけです。ひどいですね。僕が所(しょ)の若手とあまりいい関係を作れないのはそのことも関係しているかもしれません」

吹田営業所の闇は思ったよりずっと深そうだ。所長が僕に親身になっている風を装って病院を紹介しておいて、皆にそれを言いふらしていると考えると、とても嫌な気分になった。今日はなんとなく飲みたい気持ちだが水島さんを誘って飲むわけにもいかない。そう考えていると、僕の気持ちを見透かしたように水島さんが言う。