大阪編
小康
翌日の夜、人があまりいなくなったときに水島夕未が僕のデスクの近くに来て大きな紙袋を差し出して言う。
「傷まないように冷蔵庫に入れておきましたので、帰宅されたら温めて食べてください」
「何ですか、これは」
「ご自宅に帰られてから開けてください。角野さんのために、今朝お弁当作って持ってきました」
「これは受け取れないよ」
「そんなこと言わず、せっかく作ってきたので食べてください。コンビニのお弁当よりは美味しいと思います」
「それはそうかもしれないけど」
「私の部屋に上がっていただけないので、こうするしかないです。もし断られたらせっかく作ったのに捨てるしかありません」
「分かりました。じゃあ、遠慮なくいただきます。ありがとう」
「嬉しいです。このお弁当、私だと思って食べてくださいね」
「そんなこと、言われたら」
「もちろん、今のは冗談です」
帰宅後、水島夕未が作ってくれたお弁当を電子レンジで温めて食べて驚いた。これはコンビニのお弁当よりは美味しいなどというレベルではない。今まで食べたどんな弁当より遥かに美味しい。子供みたいに一心不乱に食べてしまった。
弁当箱を洗って返そうと思い、煮物が入っていた紙のインサートカップを捨てようとしたときにふと裏を見ると、インサートカップの裏に「ちゃんと食べて元気になってください」と書かれていた。既に捨ててしまったものも含めて他のいくつかのカップの裏も確認したが、コメントは書かれていなかった。
気づかれないだろう場所にコメントを書いている水島さんを想像して、なんとも言えない気持ちになった。
翌日、近くの店で可愛らしいチョコレートを買って弁当箱と一緒に紙袋に入れて返した。
「お弁当、とても美味しくて驚いたよ。ありがとう。それからコメントもありがとう。感動したよ」
そう言われた水島夕未は、なぜか一瞬戸惑った様子だった。
「お口に合ってよかったです。コメント見つけていただいたのですね。ありがとうございます。ときどき、作って持ってきますから食べてください」