「うん。見たいから連れてきてって言われた。お夕飯もご馳走になってくる。ラッシュと反対方向だし」
聖が泣き続けるので、二人とも声を張り上げてしゃべる。
「でも、帰りは電車、混むんじゃない?」
「ああ、それはだいじょうぶ。帰りはお友達のご主人が車で送ってくれることになっているから」
準備していたわけではないのに嘘がすらすらと出てくる。
「そう。気をつけてね」
そう言いながらおかあさんはあたしの提げているバッグにちらりと目をやった。どきりとする。赤ん坊連れで出かけるには荷物が少なすぎる。替えのおむつやタオルは保育園に用意してあるので、あたしは身軽だった。
「おかあさん、今日は残業?」
「残業ってほどじゃないのよ。仕事が遅いから、今日のノルマがまだ済んでないだけ。あと二十分もあれば終わるわ」
「無理しないでね」
ちりめん皺(じわ)をたくさんつくって、おかあさんは笑顔で頷いた。
それじゃ行ってくるね、と手を振って別れたあと、まっすぐに駅の方角へ歩いていく。聖を預ける保育所へ行くには派出所脇の路地へ入るのが近道なのだけれど、嘘をついた以上仕方ない。そんなことはないとは思いながら、あたしはおかあさんの視線が追いかけてくるような気がした。