慎さんに対してだって、あたしは内心そう思っている。でも、美津子さんは頭がよい上に洗練されているから、それ以上踏み込んでくることはなかった。
「佳香さんという人はどうして夜の仕事なんか始めたんですか?」
あたしが話題を変えると、美津子さんはちょっと険しい表情になって、
「おとうさんが自己破産したの。それで一家離散のようになったの。最初は昼も夜も働いていたけれど、身体が続かなくて収入の多い方一つに絞ったそうよ。劉生は……」
と、このときだけさんを省いて、
「佳香の不幸に惹かれたんだと思う。磁石の同じ極同士で引き合ったの。でも、それって本来不自然なことだと思うわ。劉生はちょっと自虐的なところがあるから。そういう関係はじき破綻するわ」
同じ極同士、という言い方にあたしはすこし引っかかった。たしかに、あたしたち兄弟も、優等生からホステスさんになった佳香さんも、美津子さんから見れば大きなマイナスを抱えた人生だろう。
でも、そのときあたしはけっして嫌な感じはしなかった。この美しい人は、おにいちゃんの人となりも背負った運命も、全部まとめて受け入れようと努力したのだ。全部まとめて愛しているのだ。あたしのことだって、好きな人の妹だというだけで、親しみが溢れるような態度で接してくれる。
美津子さんは最後にジャスミンティーを飲みながら不思議なことを話した。
「ここ数ヵ月、仕事から帰るとき決まって同じ気持ちになるの。気持ちというより、気配といった方がぴったりくるかしら。駅から家まで、しばらく並木道が続いていて、そこは道の中央に歩道があるちょっと変わった通りなの。今仕事が忙しくて、帰りは深夜になることが多いわ。
そこをね、自分の足音だけを聞きながら歩いていると、不思議な昂揚感に捉われるときがある。なんていうか、劉生をすごく身近に感じるっていうか……べつに思い出したり、懐かしんだりっていうことじゃないのよ。ぜんぜん違う」
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次回更新は12月1日(日)、21時の予定です。