一方曽我の家では、そんなことは何も知らない。その日も兄弟たちは弓矢の訓練をし、無邪気に遊び回っていた。

「ああ……」と、門前に立った梶原源太はため息をつく。これが褒美をやりに行く役目であれば、どれほどうれしいか分からぬのに、それがこともあろうに、子供の命を召し取りに行く役目。勇猛で知られる彼の心も折れそうになった。

だが、役目を仰せつかったからにはどうしようもない。意を決して屋敷の門をくぐり、

「上使として梶原源太景季(かげすえ)まかり越して候(そうろう)」

「や。こ、これはこれは……梶原殿。御役目ご苦労に存ずる」

曽我太郎は突然の上使の訪れに驚き、すぐに奥座敷へ案内した。

「して、梶原殿。ご上使の趣は」

「されば、その用と申すは――その……。いや、これは辛い……」

辛くとも、役目は果たさねばならない。途切れ途切れに梶原は語り出した。曽我太郎は思いもよらぬ用向きを耳にして色を失う。

「何と……何と御意ある……」

膝をつかみ、しばらくはものも言えなかった。

この曽我太郎、何かにつけ兄弟を冷遇している印象があるが、それは謀反人をかくまっている恐れから来るものであって、悪意からそうしているわけではない。

いざ兄弟の命が危ないとなれば、とたんに罪悪感に駆られる、平凡で小心者の男なのだ。(1)

さて、曽我太郎は梶原源太の酷い知らせに、土のごとく顔色を変え、

「そのような……。そのような酷い仰せ。かの兄弟、縁あって五つと三つの頃より手元に引き取り、養育すること、早や七年でございます。それが――それが……。

鎌倉に召されるとあれば、おそらく命はありますまい。あのような幼い者、双葉のうちに命を散らすとは、あまりにも……」

「ごもっともでございます……。まことに――」

頭も上げられぬまま、二人はしばし無言のままだった。しかし――いつまでもそうしてはいられない。

「御上意とあれば、背き奉ることは思いもよらず……。仰せの通り、兄弟を召し連れて参ります」

やがて曽我太郎が、意を決してふらふらと立ち上がった。重い足取りで満江(まんこう)の部屋へ行き、青ざめた顔で一気に言う。

「満江よ。今、梶原殿が参られ、御用の向きをうかがったところじゃ。よいか、心して聞け」

「は……はい……」

「さればよ。殿の御子息を殺め、あまつさえ平家に加担した謀反人である伊東祐親が孫、一萬と箱王の両人、すぐ召し連れて鎌倉へ参れとの仰せ。すぐにも出立せねばならぬ」


(注1)曽我太郎は兄弟が死んだ時に「わたしは兄弟に何一つしてやらなかった。今はそのことを後悔している」と語っている。

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