由比ガ浜(ゆいがはま)   兄十一歳・弟九歳

時は、頼朝が北条政子と出会う以前。まだ一介の流人に過ぎなかった頃に遡(さかのぼ)る。彼は祐親の娘の八重姫と運命的な恋に陥った。しかし――平家に仕える伊東の姫と、源氏の棟梁の間柄。

当然祐親がこれを許すはずがなく、二人は無理やり引き裂かれる。その上、二人の間の子供、千鶴丸(せんつるまる)まで川に沈められて殺されたのだった。

祐親の追及は容赦がなく、間髪おかず頼朝の館まで火を放たれる。この時はすんでのところで逃げ切った頼朝であったが――姫を奪われ、初めての子を殺された怨念はすさまじかった。

追っ手をまいて夜もすがら馬を走らせる道中、彼はバリバリと牙を噛み、「八幡大菩薩、我が願いを聞き給え。伊東祐親が首をはね、我が子が冥途への身代わりにさせたまえ。

……ええッ、伊東は許さぬ。九族に至るまで滅ぼしてくれる!」 恐ろしいほどの恨みの形相で祈願したと伝えられる。

――工藤祐経は、頼朝のこの根深い恨みを利用したのだ。

 

目の上の瘤(こぶ)の兄弟を、将軍の手を借りて除いてしまおうという祐経の計略。そうとは知らぬ頼朝は、過去の恨みに目がくらんで、まんまと策に引っかかった。

寵臣梶原源太(かじわらのげんた)を振り返って、言葉鋭く厳命する。

「急ぎ、曽我へ行って伊東が孫どもを捕らえよ! 由比ガ浜へ引き連れて、首を斬れ!」

「ハッ……」

手を突いて承ったものの、幼い子供らの首を斬る酷い役目。梶原源太は唇を噛んだ。祐経の顔をキッと振り返って、

「おのれ、祐経。何と厭(いや)な奴だ、貴公は……。つまらぬことを申し上げるから、わしがこのような役目を仰せつかってしまった」

心中唾(つば)を吐き、まなじり裂いて睨みつけたが、祐経は忠臣面して涼しの態……。