第一部 佐伯俊夫

第二章 進展

都内某所。

乱立するビル群の谷間に入り込むように建つ、古びた雑居ビルの二階にある狭い一室。そこに集まった五人の男女は、黛の一声にほぼ同時に現実に引き戻された。

「播磨先生。お忙しいところ突然お呼びたてした上、いきなりこのような録音をほとんど強制的にお聞かせしてしまい、大変申し訳ありません。先生はこのボイスレコーダーの内容を聞いて、まずどんな感想を持たれましたでしょうか?」

レコーダーから流れる声とその声が紡ぎ出す一連のストーリーを、他の四人とともに辛抱強く聞いていた播磨教授は、黛の突然の小休止に上体を起こしながら、

「前半とおっしゃるからには、このあとも今聞いた分量とほぼ同じだけ、この男性の長い独白は続くのですよね」

「ええ、とても長い話になります。ようやく全体の折り返しに差しかかったかといったところです。すべてをお聞きいただいた上で先生のご見解を頂戴できればとも考えたのですが、そもそもこの男の話に何かしらのご興味を持ってもらえるのかどうか、このあたりで伺っておきたいと思いまして」

黛の因果を含めるような言い方に、播磨道人はうっすらと笑いながら、

「仮に興味がないと申し上げたとしても、ではもう帰っていいというわけではないのでしょう?」

「これは失礼をいたしました。ご気分を害されたのでしたら謝ります。先生がこの話の語り手である佐伯俊夫(さえきとしお)に関心を持たれようが持たれまいが、われわれは先生のお力をお借りしなくてはなりません」

「それは国文学者としての私に……ですか?」

「先生は帝徳大学の国文学および心理学の教授であられると同時に、日本の民話や民俗学の研究家でもあり、それに」

ここで黛は少し間を置いてから、

「日本における超常現象や未解決の不可解な事件を、学者というお立場から長年内密に調査されていると漏れ聞いております」

磨教授はそこでようやく納得したというように、隣に同席しているかつての教え子である日向法子(ひゅうがのりこ)を見た。

「そういうことでしたか。なぜ私が日向君経由でここに呼ばれたのか、やっとわかりましたよ」

播磨教授の隣で身じろぎもせずに座っていた日向法子の表情には、恩師の視線が自分に注がれた時もいささかの変化も見られない。

やや浅黒い皮膚の色は毎朝かかさない五キロのマラソンの賜物であり、一グラムの贅肉もないスリムなその体躯はアメリカ留学中に体得した完全菜食主義(ヴィーガニズム)の恩恵だった。

チタンの縁取りの眼鏡の奥で時折きらりと光る切れ長の目とその上で緩やかな弧を描く完璧に左右対称な太い眉は、起伏の少ない感情表現と相まって、法子が並々ならぬ知性と強靭な精神の持ち主だということを誰の目にも十分に感じさせる。