第一章発端
私がこの海沿いの小さな営業所に赴任したのは、その年の夏も終わろうとしている八月下旬のことでした。自らをエリートだとひそかに思い、入社から定年退職するまで、東京本社で勤め上げるものと信じて疑わなかった私にとって、この異動はまさに青天の霹靂、会社を辞めろと言われるよりも辛く理不尽極まりないことでした。
都内の国立大学を優秀な成績で卒業し、新卒でこの《大同石材》に入社。以来十年間、実績を挙げこそすれ、目立ったミスも失策もなかった私が、なぜこんな鄙びた地方の一営業所に行かなければならないのか、その理由に思い当たる節は全くなかったのです。
もちろん私は自分の大いなる不満と疑問を払拭するべく、直談判に打って出ることにしました。止める課長を振り切り、アポイントも入れずに人事部長の部屋のドアを叩いたのです。私の形相があまりにも鬼気迫っていたのでしょう。佐川人事部長兼常務取締役は一瞬息を呑んだようにも見えましたが、すぐににこやかに私を応接スペースへと促しました。
「加瀬くん、佐伯くんにお茶を」
常務秘書である加瀬久美子が何もかもわかったように黙って給湯室に消えると、佐川部長は自分もその大きな体躯を茶色い革張りのソファにどっぷりと沈めました。そしてなぜか眩しそうに眼を細めながらゆったりと私を見つめています。悠然としたその様子に、急にきまりが悪くなった私は、
「常務、お忙しいところ、ご都合もうかがわずに申し訳ありません」
と立ち上がって、まずは丁寧に謝罪しました。
「いやなに、君と私の仲だ、遠慮はいらん」
「失礼は百も承知です。ただ、自分が何をしたのか、何か会社に不都合なことを無意識にしてしまったのか、内示をいただいてから一週間寝ずに考えましたが、私の浅知恵では一つも思い当たることがございません。もうこれは直々に常務にお尋ねするしかないと思ったのです。今回の異動の正当な理由さえお聞かせ願えれば、たとえそれが不本意なことであっても私は潔く現地に赴く所存です。どうかお聞かせ願えませんでしょうか」
一気にそこまで言ったあと、私は顔じゅうに大量の汗をかいているのに気づきました。ポタポタとひざの上に滴り落ちる奇妙な汗のしずくを今でも時々思い出します。
すると佐川常務はこともあろうに愉快そうに声を出して笑い出したのです。人生を左右するこの重大な局面で笑われたことに、私は少なからず憤慨しました。将棋の駒を動かすように自らの鶴のひと声で何もかも思いどおりにできる立場と権力をもった人間の余裕といやらしさをまざまざと見せつけられたような気がして、不覚にも涙まで滲みました。亡き父の古い友人であり、子供の頃から実の息子のように接し続けてくれたこの男を、私は危うく本当に憎むところだったのです。
気分を害した私の表情に気づいたのか、常務は背広の裾を正して座り直し、