奇跡か、あるいはギガロッシュの悪意に満ちた悪戯(いたずら)か、誰も抜け出たことのないこの岩の迷宮を潜り抜け、彼らはこの地に辿り着いた。

それがこの村の起こりだ。はじめは安泰に守られ暮らしたが、やがて年月が経つにつれ、時の砂が降り積もるように、ここで生きる末裔(まつえい)たちには閉塞感が募っていく。

外に出たい……しかし、いったいどこを通って出ればよいのだ?

入ってきたギガロッシュの岩は、ここに住む彼らにはもはや恐れるものではないが、外の世界の者にとってはいまだ暗黒の地の果てだ。

岩の向こうには魔物が棲む……近づくな、岩の声を聞くな、目にも見るな。

そんな恐怖伝説がまことしやかに囁(ささや)かれ、人々の恐れが何重もの扉となって岩の出口を塞いでいる。そして、外から下ろされた鍵によって、この村の、今では四百人にも膨れ上がった村人たちは、その存在も知られぬまま、この小さな村に封じ込められている。

時が巡り、すべての運命が絡(から)み合い、たった一度きりの機会が訪れた。

その鍵を外すのは俺だ。俺の手に委(ゆだ)ねられたこの機会を、決して見逃してはならない。

彼は皮袋の上から剣を握りしめる。中に納まっているのはこの村の粋(すい)を極めた名刀だ。

方法はただ一つ。この村が二百年もの間育(はぐく)み、磨き続けた技には、計り知れない価値がある。俺はこの価値を、いずれ俺たちを庇護(ひご)するであろう領主のもとに知らせに行く。

助けを求めに行くのではない。宝箱の鍵を開けさせるのだ。

溶けいるような闇はすでになく、見上げれば微かに灰味(はいみ)を帯びた暗色の空に明星(みようじょう)がただ一つ輝く。

もう目覚めの時は近い。

「俺は、この村を解き放つ」

小路の一つひとつに向かって念じた誓いは、目に見えぬ光となって彼の体から迸(ほとばし)った。

村から一人の青年が姿を消した。名はシルヴィア・ガブリエル。

仮死で生まれて蘇生したという特殊な事情を持つ子だが、そのせいか体は病弱で、生まれてから十年間というもの、村人とたいした接触もないまま病室の中だけで過ごしてきた。

その後は何とか体力を回復したが、それでも無理が利かぬ体で、聡明さと比類な美貌だけは取り柄だが、さしたる仕事をすることもなく、村で養われて成人していた。

その彼が突然姿を消してから三か月。村にはある異変が起こった。

次回更新は11月19日(火)、18時の予定です。

 

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