そう言いながらテーブルに置かれた本を手に取り、しおりの挟まっているページから紙片を取り出し、光一の前に差し出しながら話を続けた。
「机の片隅に葛城さんがお書きになったこの本が置いてあり、しおりが挟まっていました。そのしおりの裏にはこんなコトバが……」
手にとって見ると、紙片の裏に縦書きではっきりとした筆跡で、ある文字が書かれていた。啓二は、光一に手渡されたしおりをのぞき込み、疑問を口にした。
「あれ、カタカナだ。なんなんですかこの呪文みたいなコトバは?」
「もしかしたら葛城さんに連絡を取れといった理由は、このコトバにあるのではないかと思いまして。情けない話ですが浅学な私には何のことやらわかりません。葛城さんならその意味がわかると思いまして連絡した次第です」
「ヒエタノアレモコロサレキ……。この文言の冒頭に出てくる稗田阿礼(ひえたのあれ)は、『古事記』の編纂を助けた人物だといわれている」
「『古事記』の編纂……。その名前、どこかで聞いたような……」。社長は記憶をたどるようにつぶやいた。
「歴史の教科書に出てきたはずです。男か女かも不明な謎の人物。『古事記』以前に書かれた文献をすべて暗誦していて、口伝で伝え、それをもとに太安万侶が編纂したと伝えられている」
「つまり、そのヒエタノアレという人が殺されたと……」
「そういうことになるな」
「このメモでなにかを伝えようとしていたんですかね」
「さあ、わかりません。いまは、まだ……」
【前回の記事を読む】モノをモノとして認識するために必要なもの…それは「名前」。それはモノとしてつなぎとめておく鎖のようなもの