「我こそは、新発田重家である。そちらは、武田信繁(のぶしげ)(信玄の弟)の傅役(もりやく)、室住虎光(もろずみとらみつ)殿とお見受け致す。いざ、尋常に勝負せよ!」
弱冠十五歳の重家は、堂々と戦場を駆け回っていた。
その言葉に応えて、八十一歳の老将室住が重家に一騎打ちを挑んだ。鎧の上に、身体に馴染んだ陣羽織を纏っている。幾多の戦場で着古した貫禄が漂う。
「若造が、小癪(こしゃく)な。その首を洗って待っておれ」
互いに睨み合い、沈黙の後、槍がカンカンと激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。勇み、前に進んだ室住は、数回槍を合わした後、一瞬で重家に討ち取られた。「信玄公弟の傅役、室住虎光を討ち取った!」
その時、信玄の弟、武田信繁は既に討ち死にしていた。室住は、自分が教育した武田軍副将の武田信繁が戦死したことに憤慨し、
「自分も死出の旅にお供します」
と、僅かな手勢で上杉軍にしていたのである。
緒戦から動揺が走る武田陣営に、副将信繁と老将室住の死で、さらに波紋が広がった。
重家の側には、あの鳶加藤も忍刀を使い、付き従っていた。刀に資質を認められたかのように、鳶加藤と忍刀は一体化している。
「ああ、鳶加藤。杏をどこへやったのか?」尋一は、彼の活躍を見ながら、憤る。
午前中、謙信の奇襲が成功し、八千の武田本隊は、乱錯(さくらん)状態であった。
謙信は、右腕の猛将、柿崎景家を先鋒とし、車懸かりの陣でさらに波状攻撃を仕掛ける。
「信玄公御舎弟(ごしゃてい)、武田信繁様。壮絶な最期を遂げられました! ご無念!」
「室住虎光様に続き、初鹿野(はじかの)忠次(ただつぐ)様もお討ち死に!」信玄の元に次々と悲報が届く。「これは、私の作戦の失敗。かくなる上は、私も出陣します!」
信玄の横に控えていた武田家軍師の山本勘助は、静止の指示にも従わず、馬に乗り荒れ狂う戦場に飛び込んだ。