第四章 会長秘書
渉太郎の日常は、仕事中心で朝早くから夜遅くまでの多忙を極め、家庭を顧みることにもおのずから限界があった。それでも束の間の休日には趣味の茶道を嗜み、非日常的な時間が頭と身体をゆっくりと休めてくれた。
茶道を嗜む武将の生きざまに憧れを持っていた。石田三成が豊臣秀吉に召し抱えられた三献茶の逸話が好きであった。茶道の数寄者であった祖父の幸田善兵衛の盛名にノスタルジアを感じていたかもしれない。
家庭ではどんなに忙しくても月に一度の家族団らんの時間を大切にした。家族で囲む食卓の時間は楽しみであった。子どもたちの成長を実感し、妻と妻の両親との会話もこのときとばかりに弾んでいた。一瞬のぞかせる父親としての姿も家族には魅力的に映った。このときばかりは朗らかな喜びに満ち足りていた。
後年、妻の敬子から、「いつも神経がピリピリした中での生活は辛かった」と、本音を打ち明けられた。
仕事に埋没するあまり、家族にも緊張感を与えてしまっていたことを密かに反省した。