「まさか、信じられん。あれは巧みに馬を乗りこなし、身のこなしも俊敏だ、剣も使えるに違いない、それをにわかに虚弱だ、病身だと言われても、ゴルティエ殿がお上品だと言われるほどに嘘っぱちに聞こえる」
バルタザールは笑って首を振る。
「必死に隠して庇っておるだけよ。儂はな、心配じゃから誰かに言うておけと再三勧めておるのだが。昨夜も昨夜とてお前は信用できる奴だから打ち明けるように言うたのじゃが、頑(かたく)なに知られたくないと拒んでな……。頼む、聞かなんだことにして、それとはなしにあいつの具合を見守ってやってくれんか? 無理をしておる時とか顔色が優れん時とか、儂に知らせて欲しいのじゃ」
どうもイダが出鱈目(でたらめ)を言っているようにも聞こえなかった。
プレノワールとアンブロワを交互に飛び回っているような奴が病持ちだなどとは信じがたかったが、あの者ならばそれを隠して、おくびにも出さぬことも納得できたので、バルタザールも一応イダの言葉を聞き入れた。
「それほど……。だが、そんなにまでしてなぜ仕官する?」
「ここを動かして働くのは一番楽であろう」
イダは自分のこめかみを指さして突いて見せた。
「村の話は? 何か自分の故郷の村の話はするか?」
「ヴァネッサとかいう村だそうな。名前だけしか知らん。あいつはあまり自分の話はせんのでな、さっきのペペとかいう百姓の話も、儂は会うたなんて話も聞いておらん」
しらばっくれることに関してはイダも相当に年季が入っていた。
「そうか、わかった。具合が良くないという話は知らないふりをしてこれから様子をみてやるよ。イダ殿も秘密をばらしたことが知れると困るだろ?」
そう言うと立ち上がって夜中に訪ねた詫びのつもりか頭を下げた。戸口の所まで戻って、ふいに立ち止まるともう一度振り返って思い出したように聞いた。
「イダ殿、ギガロッシュの向こうに人が住むと子どもの頃から聞いているが、本当だろうか? あの向こうに本当に村があるのだろうか? どう思う?」
「さあな、そういう噂は聞いたことがあるが、魔物が棲むとかいう類の噂話じゃろ? 本当のところはどうじゃろうな」
【前回の記事を読む】イダから受ける治療はなかなか苦しい日もあったが、効果が感じられた。「なあ、お前」その晩の治療が終わって、彼が話を切り出した…
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。