イダは、はっとしたがそれを顔に表さず惚(とぼ)けて答えた。

「それが何じゃ、酔って川にでもはまったかと捜しておったようじゃが見つかったのか?」

「シルヴィア・ガブリエルは、あの晩ここに泊まったようだが、何をしていた?」

「はぁ? ペペの話じゃないのか。何をしていたって、あいつにとって儂はここで唯一の知り合いよ、話し込みに来ていて何が悪い?」

イダは不服そうな顔を向けた。バルタザールはその顔を怪訝そうに睨み返す。

「イダ殿、何か隠し事があるなら話してくれ。俺はあいつには何か秘密があると探っている。それとはなしに常にあいつのことを見張っているんだ。それでもあいつは猫のようにすり抜けてしまうが、ペペという百姓とこの城の裏で出会ったことは確かだ。

何か関係している。ペペがいなくなったことはどうでもいいが、あいつが何を企んでいるのか、それは大いに気になる。イダ殿の庵に手伝いをしながら住み込むのも、自然のようでいて、どうも俺には辻褄(つじつま)が合いすぎて妙だ。俺の嗅覚(きゅうかく)に狂いがなければ、イダ殿は何か秘密を知っている」

この男がこう断定的に言う時は怖い。どう否定しようが、端(はな)から人の言い訳など聞くような奴でないのは十分承知していたので、イダははぐらかした。

「嫌な奴じゃのお、そう睨まれては正直に言う他あるまい。実は儂とあいつはええ仲でな、あいつも儂のことがまんざらでも……」

「冗談を聞きに来たのではない」

何の面白味もない顔で冷たく言葉を遮られてはイダも少々ばつが悪かった。

「やはりあり得ぬか」

イダは亀のように肩をすくめた。

「仕方がないわ、お前に睨まれては逃げられん。秘密にしてくれるならお前にだけは言うてやろう」

バルタザールは頷いて身を乗り出した。

「実はな、あいつはえらい虚弱な体をしておってな、仮死で生まれたというのは聞いておるじゃろ? 生まれついて具合が悪いんじゃ。よう今まで生きてこられたものよと驚くわ」

「冗談を聞きに来たのではないと言うのに!」

バルタザールは苛立った。

「冗談ではないわ。普通に見えるじゃろうがあれは病持ちでな、いつも儂の所で治療しておるのよ。

それを人に知られると、折角従者として召し抱えられたのがご破算になると思うて誰にも知られんように気をつけておるだけよ、だからお前も黙っておいてやってくれ、な」

イダは手を合わせて頼み込んだ。