第三章 ギガロッシュ

「ちょっと聞きたいことがある」

突然の声に、ひいっと驚きの声をあげて、イダは跳ね起きた。部屋の中はまだ暗い。

泥棒か! と身構えたら、近すぎて見えぬほどの間近に人の顔があって肝(きも)を潰した。

「だ、誰じゃ!」

額に汗が噴いて声が上ずった。

「ほう、そんな奇っ怪な面(つら)をしているくせに、何かまだ怖いものでもあるのか、イダ殿」

バルタザール・デバロックだ。

「何じゃお前か、人の家にいきなり。寝首でも掻かれるかと思うたわ」

「戸口を開けっ放しにしておくからだ」

「儂は医者じゃ、夜中にどんな病人が出るとも限らんから開けておる。だからとてこんな人の顔の側まで音も立てずに忍び寄っていきなり声をかける奴があるか!」

「あるから注意しろと言うんだ」

「ほんとに口の減らん奴じゃ、お前は」

イダは蝋燭(ろうそく)に火を灯す。

「で、何の用じゃ!」

ぼうぼうと髪を逆立てた不機嫌なイダの顔が闇に浮かび上がる。これを見れば入った泥棒とて驚いて逃げ帰るだろうという凄さだ。

「聞きたいことがある」

「昼間に来い! 今、何時だと思うとる、馬鹿者が」

「ペペという百姓が、この間の新年の会以来いなくなった」