その声は優しく心に染み入る。私は照史の顔をぼんやり見つめ「綺麗な顔だなぁ……」と思った。

二人の間を、生暖かい風が駆け抜け、しばらく無言で見つめ合った。梅雨の訪れと同時に、私の内なる世界への入り口がたった今開いた。

伯母が館の方から手を上げ、告別式が始まるからと慌てて呼んでいる。私も手を上げてそれに答えた。そして振り返り照史を見て会釈すると、彼は話ができて嬉しかったと微笑んだ。

私も同じ気持ちで胸がとてもくすぐったい。笑顔を返したのはちゃんと伝わっただろう。照史が名残惜しそうにしていると感じた。

滞りなく伯父を見送り、帰宅するまでは伯母も悲しみに浸る時間など皆無であっただろう。そのあくる日も夫の不在を突きつけられ、眠れない夜が続いた。そんな伯母を独りにはしておけず、できる限り寄り添いたいと励まし続けた。

職場に復帰したのは葬儀から一週間後の事だった。私の卒業後の就職先は都内の開業医で、心療内科の受付業務を担当している。社会人二年目だ。

クリニックの院長は、向井健人という名の臨床心理学教授であり、無神論者の大人な医者だ。私は学校では医療事務を学んだが、心理学に興味があったので、以前からその名を知っていた。著書を読んだときからその理念に共感し、その先生の下で学びたいと、密かに思っていた。

待合室には大きな窓がある。遮光カーテンを開け、降り注ぐ太陽の光に目を細めた。程よく陽が差し込み一日の始まりを告げるこの瞬間がたまらなく好きだ。

時間が来れば次々に患者が来院し、それから診察が始まると慌ただしく時が過ぎていく。向井の穏やかで、きめ細やかな診察が評判を呼び、毎日予約で一杯だ。瞬く間に午前の診察が終わり、全て落ち着く頃には昼はとうに過ぎていた。

午後の診察までの間も、私には大切な学びの瞬間だ。勤めてから色々経験し刺激も受け、将来は心理学を学び直したいと思うようになっていた。

 

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