第2章
イギリスとアイルランドへ寄り道
同じ飛行機に乗っていた乗客は、皆イミグレーションを通過してしまっているのに、いったい佳子ちゃんは、どこへ行ってしまったのだろうかと、不思議に思いながら入国手続きカウンターに戻ってみると、ゲートの向こう側にある入国手続き管理事務所の椅子にしょんぼり座っているのが見えた。
たまたまそこにいた検査官の一人に訳を聞くと、佳子ちゃんは英語があまりよくできない為、検査官の質問にうまく答えることができず、滞在目的を聞かれた際、キブツで知り合ったイギリス人の友達が佳子ちゃんに宛てた手紙を検査官に見せたのだという。
その手紙の中には、イギリスに来れば、自分が仕事を紹介してあげるということが書かれていたそうで、それが理由で入国拒否ということになり、フライトの出発点であるチューリッヒに強制送還されるという。
そこで、私はなすすべもなく一人でガトウィック空港を出てロンドン市街に向かった。随分後になって、佳子ちゃんから手紙が届いた。それによると、佳子ちゃんはチューリッヒで日本人と知り合いになり、その人とインド廻りの陸路で日本まで帰ったそうだ。
佳子ちゃんと離れ離れになってしまった私は、とりあえずその日は、ユースホステルに泊まることにした。翌日、ハイデパークの地下鉄駅近くを歩いていると、服装と歩き方から見て明らかに日本人であるという女性に出くわした。彼女の名前は、吉田綾子(仮名)さん。
普通のハンドバッグより少し大きめのショルダーバッグ一つを持っていただけなので、恐らくロンドンのどこかに住んでいて仕事をしているのだろうと思い、話しかけてみた。すると、彼女は広島の実家から家出して来て、ちょっと前にガトウィック空港に着いたばかりだと言った。
ショルダーバッグの中には、着替えの下着とズボンとブラウス各1着のみがはいっていた。綾子さんは、その後数か月間、それを毎日のように洗って着ていた。私は、綾子さんという相棒ができたので、二人で1部屋のフラットを借りることにした。
部屋の隅には小さな洗面台があり、綾子さんは、そこで毎晩洗濯をしていた。部屋には備え付けのヒーターがあったのだが、コインを入れて一定時間作動するもので、切り詰め生活をしていた私達は、寒い時はデパートに行くとかして極力ヒーターを使わないようにしていた。