出会い(一三七四年)
舞台では自然居士が人買いと丁々発止の会話を交わし、人々は固唾を呑んで聞いている。結局は、自然居士が芸を見せて面白ければ少女を返して貰う、という事で話が付き、観阿弥が有りと凡ゆる古今の名曲を次々に披露する事になる。
人買いは納得して観客も大満足、少女は無事返されて目出度し目出度しとなる。人買いという当時の社会問題を取り上げながらも、実はエンターテインメントの見本の様な一曲である。最後は『融(とおる)の大臣(おとど)』という、テンポの速い、観世座得意の鬼の曲。
観阿弥は恐ろしい鬼の扮装で舞台狭しと踊りまくり、狂った様な笛の音と、鼓の奏でる激しいリズムに聴衆も大興奮、怒涛の終焉を迎えた。
─こんなに観客が盛り上がるなんて……欠伸を堪えて終わりを待つ、あの退屈な雅楽とは何という違いだろう。もしかするとこちらの方が本当の芸術かもしれない。改良の余地はあるにしても。いつか自分で本当にこの国を治められる様になったら、煩(うるさ)い公家達も唸らせる様な完璧な能公演を催させてみたいものだ。
その時は世阿弥が主役か。まずはどの程度の器か見極める必要があるな─
義満が一人でそんな事を考えていると、南阿弥が心配そうに尋ねた。
「お気に召されましたか、将軍殿」
「いやいや、非常に気に入った。明日世阿弥を一人で三条坊門第(義満邸)に寄越してくれ。直接礼をやりたいと思うのじゃ」
義満はもっともらしく答えた。年は若いが、その態度には既に将軍としての威厳が備わっている。
─俺は夢を見ているんじゃないか。将軍家に一人で呼び出されるなんて─
迎えの輿に乗って将軍の住む三条坊門第に向かう道すがら、世阿弥は頬を抓りたい気分だった。輿の中から僅かに見える京都の町並みは、いつも見慣れた古ぼけた奈良と違って、ずっと活気に満ちて洗練されていた。