第三章 ギガロッシュ

逃げてでも! これは大胆なことを言う。

シルヴィア・ガブリエルはしばらく男の目をじっと見つめていたが、断ち切ったように逸らすと、

「やめておけ、やはり所詮百姓のお前には無理な話だ。妙に焚きつけて悪かったな」

そう言ってまた立ち去りかけた。

男は今度は手に抱えた剣をばらばらと下に投げ出して、立ち去るシルヴィア・ガブリエルの裾(すそ)にすがりついた。

「お、お待ち下さい! おらがそうしたいと言うのは何も今始まったことじゃない。おら、本当はずっとそうしたいと思ってた。ガキの頃からずっとずっと、何でおらは百姓なんだって。何で研ぎ師の親方になれないんだって。

あんた様の言葉を聞いて、おらもう、その気持ちを抑えることができんようになってしまいました。お願いです、お願いですからその故郷の村を教えて下さい。お連れ願えんでも、おらが一人でも行ってきますで」

男は必死に食い下がった。

「悪いがそう簡単に行ける所でもないのだよ。諦めてくれ」

「何を言われます! どんなに遠くてもおらは平気です。行くと決めたらどこだって同じです。かえって遠い所の方が誰にも見つからずにええくらいだ」

「お前が思っているほど簡単に行ける所でもないんだ。諦めろ!」

シルヴィア・ガブリエルは語気を強めた。男は怯んで肩を落とし、ひょろ長い体で地面にしゃがみ込んだが、きっと目をあげて低い声で呻くように言った。

「おら、そのくらいの覚悟ならできていますで。ずっとずっとそうしたいと思ってきたことが叶うちゅうのなら、おら、あの怖ろしいギガロッシュにだって入ってみせる」

ギガロッシュ!

突然男の口から飛び出した言葉に仰天した。