猫は久しぶりに塀の上に上れました。この間は、ひどかったです。飛び上がったのですが塀の中程までしか体は上がらず、塀に爪を立てましたが、そのままの姿勢でずるずると下まで落ちてしまい尻をしたたかに打ってしまいました。2、3人の子供達が見ており「猫が塀から落ちた」と大笑いされました。恥ずかしい。若い頃は、こんなことはなかったのに。
食欲がなく、体重が減ったため、獣医の診察を受けたところ、腎臓が悪いといわれました。猫の宿命だそうです。そういえば、隣の家の憧れの三毛猫の桃子さんが死んだのも腎不全でした。この塀の上で周りを見渡して自分が1番偉いと思えるのもこの春が最後だと思いました。
春風が吹き、猫の毛が2本ほど舞い上がりました。お爺さんは慌てて頭に手をやりましたが、その必要はありませんでした。お爺さんは禿げていたのです。
自宅はすぐ近くです。前から歩いてくるのは3軒向こうに住む斉藤さんのお婆さんです。お爺さんは困りました。あの人は話が長い。立ち話が長くなると膝が痛くなる。今更逃げることはできない。しかし、よく見ると杖を持っている。急に老け込んだように見える。歩き方も変だ、と思いました。
「こんにちは」お爺さんは挨拶をしました。斉藤さんも「こんにちは」と挨拶を交わしました。
「息子が引っ越すので手伝いに行って、あれやこれや荷物運びをしたら今朝から急に膝が痛み始めて、今、整形外科のお医者さんから帰るところです。何でも、骨粗鬆症があり、膝の関節が変形しているんだそうです。注射を打ってもらいましたが痛くて痛くて杖なしではとても歩けません」と言います。
「それは大変ですね。お大事にしてください」と言ってお爺さんは斉藤さんを見送りました。膝が痛いのは気の毒だが、長話をせずに済んだのは良かった。やれやれ。
自宅に帰り、鍵を開け家に入りました。お婆さんは居間で椅子に腰掛けたまま熟睡し、眼鏡を鼻の頭までずらし、良い夢を見ているようです。大きなお腹が呼吸をする度に大きく膨らんだりしぼんだりしています。
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