俺が幼稚園の年少組に通うようになった、ある秋の夜のことだった。母はいつものように布団に入った俺のそばにいて、布団の上から俺の胸元を軽くポンポンと叩きながら子守唄を歌ってくれていた。いつも俺が眠りにつくまで一緒にいてくれるのだ。
「おばちゃん」が反対側に座って俺を見ているのもいつもどおりだった。でも、その日はどうしてか、俺は何か言おうとして「おばちゃん」の方をちらちら見ていた。そのとき母は、俺の視線や動きを見て何かの気配を感じたようだった。そしてその夜だけは俺が眠りにつく前に、あとずさりするようにそのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
このとき俺は「おばちゃん」は自分にしか見えていない、ということに初めて気がついたのだった。そして、母には見えてはいないが、なぜか母はその存在を知っている、ということも。
それからは、家族の前では「おばちゃん」のことをいっさい口に出してはいけないのだと、よくわからないなりに俺は自分に言い聞かせた。母が気づいているのに知らないふりをしているから、自分もそうしなければいけないと思ったのだ。
小学校に入ってから、俺はこの世にはお化けや幽霊といった恐ろしいものがあることを知った。そして「おばちゃん」が、自分にだけ見えている幽霊だということに思い至った。しかし、俺にとって「おばちゃん」は「おばちゃん」であって、その存在の不思議さを意識はするものの、決して恐ろしいとは思わなかった。友達も同じ経験をしているのか聞きたい気持ちがあったが、心の中の何かがそれを押しとどめた。
「おばちゃん」は学校にこそ来ることはなかったが、その後も俺が学校から帰ってくると、ずっと俺のそばにいて微笑みを浮かべてくれていた。
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