「ふみ」さん
俺のそばにいてくれた「おばちゃん」の姿は、そのときまでずっと変わらなかった。今思えば二十歳過ぎくらいの清楚な女性だった。俺が物心つく前から、ずっとその年齢で俺に接してくれていたのだ。だからこそ、あんなところを見られてすごく恥ずかしかった。もしかすると俺は、知らず知らずのうちに「おばちゃん」に恋心を抱いていたのかもしれない。
その日から「おばちゃん」は、二度と俺の前に姿を現すことはなかった。生まれたときから俺のことをずっと見守ってくれていた「おばちゃん」を、このとき俺はどこかに追いやってしまったのだ。
俺はものすごく落ち込んだ。誰もいない部屋に向かって「おばちゃん」と何度も声に出してみた。夜、布団の中で目が覚めると、隣に「おばちゃん」が立っているのではないかと思って起き上がることが何度もあった。しばらくは罪悪感に苛まれ、何か大きなものを失ったような空虚感が俺の心を支配していた。食欲も減退し、俺が病気になったのではないかと母に心配させるほどだった。
しかし、それから半年ほどすると、普段はほとんど思い出すことさえなくなり、俺も普通の人と同じ普通の生活を続けられるようになっていた。そして、父が夜になると俺に背を向ける習慣もその頃からどこかに行ったようで、中学に入ると熱心に俺の勉強を見てくれるようになった。
それから十五年の歳月が流れた。俺は大学を卒業して製造業の一般企業に就職した。技術職のサラリーマンとして六年目の二十八歳のとき、会社の仕事にも慣れてきたところで、社内恋愛でそれまで三年間付き合った陽菜(はるな)という名の女性と結婚した。そして、俺が三十歳の声を聞く直前に長男が誕生した。
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