妻がまだ産後の養生で実家にいて、俺が社宅で独身生活をむさぼっていた、そんな土曜日の夕方のことだった。隣町にある俺の実家から、父が一人で訪ねてきた。父は昨年めでたく還暦を迎え、長年勤め上げた教職から退くことになった。しかし、それからも産休教師などの臨時任用で教師を続けている。

「父さん、どうしたの? 一人で来るなんて珍しいじゃない」

「ああ、ちょっとこの近くに用事があったんだ」

「晩飯一緒に食べていくよね」

もちろん俺は料理なんてできないから、近くの仕出し屋に寿司の出前を注文した。缶ビールだけは冷蔵庫にいっぱい在庫があった。久々に父と二人きりの夕食だった。取りあえず、父から改めて長男誕生のお祝いの言葉をもらって乾杯した。

「ところで父さん。今日はどうしたの? 俺が一人でいるのが心配にでもなった? それとも母さんと喧嘩でもしたの?」

「バカなこと言うんじゃないよ。おまえのことが心配になったわけでもないし、母さんとも仲良くやっているよ。いや、今日来たのはそんなことじゃないんだ。実は……」

そう言ってから、父はちょっと頭の中を整理するかのように、少し間を置いてから話しだした。

「これでおまえもようやく父親になった。俺はそんなおまえの父親として、どうしても伝えなければならないことがある。だからこうして一人で来たんだ」

父がいつになく神妙な顔をしているので、もしかすると病院で癌の宣告でも受けたのかと思った。だが、そうではなさそうなので内心ホッとしたのだが、それから静かに話しだした父の、あまりの不可思議な話に俺は驚きを禁じえなかった。