もしかすると、爺ちゃんはこの事故で命を落とす運命だったのかもしれない。俺が婚礼を延期したことで、どうやらそれを乗り越えたのだ。しかし、それから一年も経たないうちに、俺はその日を複雑な心境で迎えることになった。

俺がめでたく成人となり、正月気分も抜けたある晩のことだった。爺ちゃんが、次のゴールデンウィークにどうしても帰って来いと、今年も父に電話をかけてきたのだ。俺はすぐにわかった。爺ちゃんが本当の寿命を全うする、その日が近いことを。

俺が中村家当主を継ぐそのとき、俺は舞子と結婚する。あの大広間で繰り広げられる人前結婚式と披露宴の様子がありありと瞼に浮かぶ。今度こそは、俺も花嫁の到着を楽しみに待つことができるだろう。今から鼓動が高鳴るのを禁じえない。

しかし……、その喜びも束の間であるはずなのだ。爺ちゃんの寿命が尽きるのを、ひと世代飛ばした新当主として俺は看取らねばならない。そういう運命なのだ。

父は受話器を手に「去年帰ったじゃないか」と渋っていたが、爺ちゃんの本気が伝わったのか「わかった。今回は由美も一緒に連れて帰る」と答えた。

爺ちゃんが「当主の座をおまえの息子の翔太に譲るつもりだ」とでも伝えたのだろうか。それが即ち、爺ちゃんの余命が短いことを意味する、ということは父にもすぐにわかったはずだ。そして、今度帰省したときには俺の結婚の儀が執り行われることも。

今、母にそのことを説明したとしても信じてもらえるはずもなく、鼻で笑われるだけであるのは目に見えている。だとすれば、父はどんな手段を使っても、どんなに下手な嘘をついてでも、今年は母を連れて帰省しなければならないのだ。

台所で聞き耳を立てていた母は、父が自分まで一緒に帰省することを勝手に決めてしまったことにあきれ果て、怖い顔をして腰に手を当てている。美香は、いつもどおりソファーに寝そべって無関心にスマホのオンラインゲームにのめりこんでいる。

俺は、父に味方してやらなければいけないと思った。額の生え際に手をやると、ごま粒くらいの小さな突起が二つ指先に触れた。ここで俺の「力」は使えるだろうか。

(了)

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次回更新は11月7日(木)、22時の予定です。

 

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