1、にゃん太郎物語

最近は猫ブームらしいが、僕らに癒やしを求める人間たちの何と多いことか。一口に猫と言っても、人間に人種があるのと同様、猫にも品種があるのだ。僕はおそらく『ボンベイ』という種類に属していると勝手に思っているけれど、本当はただの雑種なのかもしれない。

自分で言うのも何だが、僕ほど賢い猫はそんなにいないと思う。鳴き声も頭も良いうえに、漆黒のツヤツヤとした毛並みと、スマートに引き締まった体。シュッとした尻尾を持つのが自慢のイケメン猫なのだ。おまけに性格は穏やかでフレンドリー。

僕らと暮らすなら、人間と同様、外見の違いだけじゃなく、それぞれの生き方や個性、習性があることも、よく理解して付き合ってほしい。一時的な猫可愛がりでなく、最後まで責任を持って、仲良く暮らしてほしいと思っている。さて、前置きはそれくらいにしておこう。

僕は、郊外の緑の多い住宅街に建つ家で、優しい園田さん母娘と一緒に住んでいる。今から十年前の春、僕が生まれて一ヶ月のときにこの家にもらわれてきた。

智子ママの夫は半年前に亡くなった。当時高校生だった一人娘の芳江さんは、父親を亡くしたショックで毎日のように泣いていたそうだ。それで、仲良しの友達から猫を飼ってみたらと勧められたのだ。

「私は忙しくて動物の面倒をみる余裕なんてないわ」

智子ママはペットを飼うのは好きじゃなかったようだけど、芳江さんの寂しさを少しでも埋めてくれる癒やしになればと考えて、条件付きで認めた。

その条件とは、「芳江の部屋だけに置いて、自分で世話をすること。私はノータッチだから、あとはよろしくね」と、しっかり芳江さんに約束させたのだった。

芳江さんは僕を可愛がり、頭をひねって名前を考えてくれた。僕は黒猫、つまり白の反対だから、シロ→ロシ→「ロッシー」。ちょっと適当な気もするけれど、僕は嬉しかった。ロッシーって何となくカッコ良くて、勇ましい名前に思えたんだ。

芳江さんが「ロッシー、ロッシー」と呼んで、ご飯を出してくれるたび、

「何がロッシーよ。猫なんだから、にゃん太郎でいいじゃない」

と、バカにしたような智子ママのことばに、僕のプライドは傷ついた。

(いくら猫嫌いだって、にゃん太郎なんていかにもオス猫だとわかりやすいし、何となくダサいじゃないか)と僕は思った。智子ママがにゃん太郎と言うたびに、

「違うよ、ロッシーだよー」

と、芳江さんはきっぱり言い直してくれた。