中庭の中央には今しも男に掠(さら)われようとしているニンフの姿を躍動的に作り出した彫像が据えられており、周囲には薔薇が幾株も手入れ良く植えられていた。
二人はその回廊の先にある、少し小振りの一室に通されてそこで待たされた。部屋の奥の一段高い所に背の高い椅子が一脚置かれ、その椅子の足元から段下までは長い、手の込んだ敷物が敷かれており、それ以外の装飾が控えめな謁見室(えっけんしつ)のような造りの部屋であった。
しばらくするとグザヴィエ・アントワーヌ・カザルス・デュプレノワールがバルタザール・デバロックを従えて入ってきた。
そして奥の一段高い椅子の前に立ったカザルスはそこではっと息を呑んだ。シャルル・ダンブロワの相変わらず田舎臭い律儀そうな顔など目に入らなかった。
カザルスの目はシャルル・ダンブロワをあたかも障害物のように通り越して、その後ろにひっそりと控えている若者の姿を捕らえて離さなかった。
美しきものをこよなく愛するカザルスは、金に糸目をつけず、これまでも多くの宝物(ほうもつ)を蒐集してきた。遠方から画家を呼び寄せては、大枚を積んで絵を描かせ、美しい音楽を奏でる吟遊詩人を招き入れては貴賓(きひん)のごとくもてなした。
何事においても高度で有能な技術を持つ職人には城内に工房を提供し、美しいものを数限りなく作らせてきた。
そんな彼の目から見てもそこに静かにひっそりと侍(はべ)る若者の美しさは尋常ではなかった。カザルスは想像を超えた出来映えで届けられた宝物を見る時のように感動した。
北方の絵師に依頼して、カザルスが時祷書(じとうしょ)(キリスト教の信者が個人的な勤行を行うための祈祷書)の中に描かせた、白い百合を手にした天使の横顔の気高い美しさを、目の前にいる現実の若者の瑞々しさが凌駕(りょうが)していた。
肩を覆う柔らかな金色の髪、引き締まった顎の輪郭、聡明そうな白い額、伏した目とそれを飾る長い睫毛は、どうか早うその目を開けてくれと懇願したいほどであった。