今でも松茸が採れるふたつの山と、東京ドーム三個分くらいの農地を所有しており、それを今でも他人に貸しているので、庭の植栽をきっちり手入れし、管理人を雇って建物を維持管理し、その上で所得税、固定資産税を払っても遊んで暮らすだけの収入がある。
爺ちゃんは当然この地域の名士であり、この坂枝村の村会議員を務めて三期目に入っている。実家が、これだけの資産があるにもかかわらず、父は一人息子でありながら東京の大学を卒業すると、この田舎に戻ることを拒んだ。
そればかりか勝手に相手を決めて結婚し、数年に一度しか帰省しないし最近はその妻さえも来なくなった。こうなると孫の世代に後継者としての希望を託したくなるのは当然のことだろう。俺もそんなことは薄々感じ取っていた。
俺たちは八畳ばかりの小さな客間に入った。床の間には大きな虎の掛け軸がかかっている。今年は寅年だ。その前に一輪挿しがあり、黄色いバラが活けてある。婆ちゃんの趣味だろう。
檜の分厚い板目材一枚でできた、大きなテーブルの周りに俺たちは腰を下ろした。そこに、婆ちゃんがお茶とお菓子を盆に載せて入ってきた。
「みんな、よくきてくれたね」
婆ちゃんは少し皺が増えたが、背筋はピンと伸びているし、足腰はまだまだしっかりしているようだ。爺ちゃんと同じくらい白くなった髪は、今日美容院に行ったのだろうか、前髪のところに控えめに紫のメッシュを入れている。
父と母の新婚旅行の土産にもらったティファニーのネックレスを、それとなく胸元に見せておしゃれ心も残っている。
「お婆ちゃんもお元気そうで何よりです」
「まあ~、翔ちゃんは立派になったね。見違えたよ」
俺が、麻のジャケットを着ていたから、肩幅が大きく見えたのかもしれない。
「来年、成人式を迎えます」
「お婆ちゃん。わたしも大きくなったでしょ」
妹が割って入る。俺が大人っぽく敬語を使ったのに、美香は小学生の頃と変わらないあどけなさを、わざとらしく前面に出して婆ちゃんに甘えている。
「ああ、美香ちゃんももう高校生だってね。きれいになったよ」
「おい、お茶が冷めてしまうぞ」
婆ちゃんが目を細めてじっと孫たちを眺めているのを見て、爺ちゃんの太い声が響いた。婆ちゃんは、慌ててテーブルにお茶と、この地方の名物の蓬(よもぎ)饅頭を並べる。
【前回の記事を読む】窯、土壁、長い廊下、家の随所から感じるかつての生活。江戸、明治時代の伝統が残る実家の蔵にはお宝が眠っているかも...?
次回更新は10月26日(金)、22時の予定です。