ひとたびフィリップ・ダンブロワに嫁ぐやいなや、彼女の養父に対する態度は豹変(ひようへん)したのだ。
事もあろうに彼女は実家であるノエヴァのためになるどころか、恩あるアルチュールを追いつめた。
「ノエヴァの葡萄酒から通行税を取ることをおやめなさいませ。それよりも、あの葡萄酒を全部このアンブロワに納めさせるのでございますよ。一滴残らずここに集めて、ここから諸国に出すのでございます」
さすがにフィリップは躊躇(ためら)ったが、イヨロンドは押し切った。
そう阿漕(あこぎ)なことを言い出されても他に方法のないノエヴァは、葡萄酒を安く買いたたかれた上に、大事な収入の殆どをアンブロワに持っていかれることになってしまった。
アルチュールは今更ながらにこの養女の化けの皮を剝(は)ぎ取れなかった自分の愚かしさを嘆き、エリザベトの死もあるいは不慮ではなかったのかも、という猜疑心(さいぎしん)に捕らわれて狂った。
あまりの憤怒(ふんぬ)の挙げ句、廃人になったアルチュールはそれから二年後に死んだ。
死んでなお、はらわたの煮えることであるが、ノエヴァの領地が結果的にイヨロンドのものになったのは言うまでもない。
イヨロンドは以後、アンブロワで更に強権をふるい始めた。
農民、領民からの搾取はもとより、葡萄酒の値を勝手に操作し、近隣諸国には従前の二倍もの高値を吹きかけた。
あまりの悪辣ぶりを見かねたフィリップが、ある時強く彼女を叱責したことがあった。しかしそれに対しても、この女は平気な顔で、「ならばあなた様に、私にこれだけの贅沢をさせて下さる甲斐性がおありか!」と噛みついた。
ノエヴァの葡萄酒が生み出す収入は、今やアンブロワには棄て難く、結局フィリップとてイヨロンドをどう御することもできなかった。
――まことにこのような母から自分が生まれたのであろうか。
それを思うとシャルルは虫唾(むしず)が走る。
自分の中にあの女の血が受け継がれ、あのうすのろのギヨームと同じものが流れているのかと思うと、シャルルはすべてを否定してしまいたかった。
【前回の記事を読む】大人たちの目を盗み、血の繋がらない幼い妹の耳元でそっとこう囁いた。「お前なんか、いつだって追い出してやれるのだからね」
次回更新は10月19日(土)、18時の予定です。