それならば、そうと言えばよいのに、見栄っ張りの父は独楽を上手く作れなかったと言えなかったのだ。

「このような独楽、持っていては、近所の子供に揶揄われるのではないか」

父は真剣な顔でそう言った後、母に処分するように言ったらしい。清三郎達兄弟に母は確か、こう言った。

「父上は、言葉で愛おしいと言うような方ではありませぬ。もしかしたら、冷たい方だとお前達も思っているかもしれません。しかし、そうではありません。誰よりもお前達のことを深くお考え下さっています。お勤めで遅くなった日でも懸命に独楽をお作りでしたよ。一日でも早く渡してやりたいと仰って」

源次郎は、武士として生きる事を決め、清三郎は叔父の申し出を受けて商人になることを決めた。どの道を選んでも、二人は父の元を去らねばならない。

(きっと、朝餉の席で顔を合わせたら、いつも通りの顔で食事を摂られるのだろう)

清三郎と源次郎は震える父の背中を見つめながら、父に気づかれないように、そっと障子を閉めた。

朝餉を食べ終え、清三郎と源次郎は自室で、寝そべりながら叔父がやってくるのを待った。朝餉の席はいつもと変わらず、会話らしい会話もなく、沢庵を齧る音だけが響いていた。

父もいつも通りで、朝餉の後は自室に向かってしまった。左内や佐太郎、女中のお時は来客の準備をしている。慌ただしい雰囲気に包まれた屋敷のざわめきを聞きながら、清三郎は考えていた。

(叔父が来たら、申し出をやはり、受けよう)

しかし、武家が町人になるのにはそれなりに手続きがある。左内に聞いたところ、叔父の時は一年ほどかかったらしい。

(その間は、兄上達や父上とよく語り合おう。後悔の無いように)

屋敷の玄関の方が騒がしくなった。どうやら叔父が来たらしい。もうじき佐太郎が二人を呼びに来るだろう。

(時がたったら、この日の事をどう思い出すのであろうか)

できたら、後悔など無く、晴れやかな気持ちだったと思い出したい。そう思いながらゆっくりと清三郎は起き上がった。

【前回の記事を読む】「お前達が決めたのならば、どちらでも良い」あの高圧的で、独善的な父が…決断の時が明日に迫り、一睡もできず…

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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