「身代守(しんだいもり)」

今回の事に関して父は、清三郎や源次郎に何か言うことは無かった。食事の席で顔を合わせても叱責することもなく、足早に食事の席を去って行った。

リン、リンと微かに仏壇のおりんの音がする。源次郎と清三郎の部屋の廊下と庭を挟んだ向かいが仏間だ。音が聞こえても不思議ではない。

この明け方に誰であろうか、そう思って源次郎と共に、そっと障子を開け、覗き込むとそこには父が居た。母の仏前で手を合わせているらしく、深々と頭を垂れている。いつもは大きく見えるその背中が不思議と小さく見えた。

小刻みに震え出したその背中を見て、清三郎は父が泣いている。そう思った。母が亡くなった時でさえ涙を堪えた父の泣いている姿を見るのは初めてであった。

(父は、源次郎と清三郎が商人になると思って泣いているのではないか)

清三郎の心の中にすっとその考えが浮かんだ。思えば、幼少の頃から不器用な父であった。幼き頃、近所で父親に独楽を作ってもらうことが流行った。御役目で忙しい父親に手作りの玩具を贈ってもらうことは、父親からの愛情を証明する証のようで、皆、父親にねだったものだった。

厳格な父に、源次郎と清三郎だけでなく、新之丞もねだった。しかし、父は買ってきた独楽を三人に与えただけであった。

他の子供たちが手作りの独楽を自慢するのをわき目に、父に愛されていないのではないかと清三郎達兄弟は不安に思ったものだった。

そんなとき、母がそっと小さな箱に入った三つの何かを三人に見せた。

(これは、なんだろう)

清三郎はしばらくじっくり見ても木で彫られた何かが、何なのかが分からなかった。しかし、新之丞は気が付いたようで、目を輝かせた。

「独楽だ。父上が独楽を作って下さったのだ」

そう、その不格好な木の塊は父が精いっぱい努力して作った独楽であった。よく見ると流麗な父の字で、新之丞、源次郎、清三郎と名が書いてある。母によると、父は一月以上かけて独楽を作ったらしいが、余りにも無残な出来で、清三郎達に渡せなかったらしい。