彼女は視線を這わせ、今自分が産み落としたはずの赤子の様子を窺おうとしたが、仰臥した姿勢のままではなかなか赤子の姿を覗くことができない。

頭を持ち上げようと試みたが、先ほどまでに力を使い切ってしまったのか、赤子を吐き出したあとの緩んだ胎(はら)には思うように力が入らず、焦りと不安が彼女を苛立たせた。

目に入ってくるのは、生白い自分の二つの膝と、その割った向こうに見える産婆の険しく難しい表情だけだった。

が、その産婆の暗い目は、両手でがむしゃらに払い除けたいようなその予感に対して、そうだよ、そうだよと半鐘を打ち続けてくるように思え、彼女は泣き叫んだ。

「赤ちゃんは!」

全身の血が逆流した。

産婆は死んで生まれた赤子の臍(へそ)の緒を断ち切っていた。母親と赤子の永遠の絆を、生と死を分かつ絆をあの世とこの世に。

いずれまた出産の機会に恵まれるであろう若い母親には酷(むご)いものは見せることもあるまいと、死んだ赤子を手早く布きれに包んでしまおうとした時だった。

掌に俯(うつぶ)せに乗せた赤子から、気のせいだろうか、とくん、と微(かす)かな振動が伝わったかのように思えた。産婆は、はたと手を止めて聞き入る。

その時、若い産婦の不安と恐怖に怯(おび)えた悲鳴が彼女の意識の集中をかき乱した。

「赤ちゃんは!」

「しっ! 静かにおし!」

産婆は憐れな産婦の嘆願をきつく無慈悲に制した。

……とくん……もう一度掌に振動が、今度は気のせいなどではなかった。少し間をおいてもう一度……とくん……更にもう一度……とくん……。

それは、失われかけた小さく儚い命が懸命に這い戻ろうとする遠い足音のように、微かに、しかし確実に産婆の手に伝わった。産婆の目に光が蘇(よみがえ)り、頬の緊張が解けていった。

「こんな具合の悪い子を取り上げたのは初めてだから、まだどうなることか確かなことは言えないけどね、ただね、ごらんよぉ、この子は生きたがっているよ、戻ってこようとしているよ」

そう言って、初めて、すがるような母親の目に柔らかい視線を返した。