プロローグ 運命の始まり

赤子は死んで生まれた。

月はほぼ満ちていたが、初産の母親の産道を滑り落ちるというその最初の旅の途中に、か弱い心臓は動きを止めた。やっとこじ開けようとした生命の扉は、赤子の前に重く閉じられた。

か細い産声一つあげることもなく、小さく生温かな肉塊は血と羊水にまみれて産婆の手の中にあった。

「あぁ……」

熟練の産婆は深いため息を漏らしたが、その声は安堵(あんど)の温(ぬる)い喜びの中に身を委ね、母となる幸福を待ち受けている若い産婦の耳には届かなかった。

仰臥(ぎょうが)したままの若い産婦は、初めて知った体を割り裂くような重い波動の苦しみから解き放たれ、しばらく呆然と過ごしていた。

額がすーっと涼しく心地よく、一条(ひとすじ)の汗が鎖骨をかすめて肩先に辿っていくのを感じていた。あの押し寄せる怒濤の痛みが今は嘘のように去り、安息と感謝が彼女の心を充たしていた。産室には乳色の光が柔らかく満ちて、静かだった。

静か! 

不意にそのあまりの静けさに彼女の意識は、ぴくんと現実に引き戻された。

「どうしたの!」

恐ろしい予感が彼女の動悸を激しくする。