「何か人から恨まれるようなことはありませんでしたか。何か悩んでいるとか、相談されたことは」
「いいえ、まったく思い当たりません。夏美さんは見た目に気を遣っていましたが、派手に遊び歩くといった性格じゃなかったですから。ご家族といるところしか見たことはありませんし。正直、ご友人の話や学生時代の話も、ほとんど聞いたことはありませんでした。東京から来たっていうから、色々教えてほしかったんですけどね。私も、東京への憧れはありますから」
「トラブルなどは抱えていなかったのですね」
念押しするように深瀬が聞いた。
「はい。刑事さん、こんなことが起きるなんて未だに信じられません。悪い夢なら良いのに。本当に仲の良いご家族で、ここ、十燈荘はお金持ちが多いんですけど……お子様のいるご家族は少ないでしょう? だから、周囲から羨ましがられる存在でした。十燈荘で子育てできるなんて、特別ですからね」
「ここに来るまで人を一人も見ませんでしたが、どこで、誰が、羨ましいと言っているんですか?」
「刑事さん、それはちょっと、意地が悪いですよ」
堀田は少し首をすくめた。
「こんな場所です。藤湖は綺麗で魅力的ですが、娯楽はそれだけです。出歩いて井戸端会議をするような人はいません。だから、『じゅっとう通信』でみんな話をしているんです」
「ほう?」
深瀬は興味をそそられるように、少しだけ身を乗り出して、カウンターの中にいる堀田を見つめた。
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次回更新は10月12日(土)、21時の予定です。