第1章 ヒト生体の情報処理
3 受容器官
② 聴覚
聴覚の能力
ヒトの聴覚は、空気の振動を感知する遠隔感覚である。空気の振動は、距離によって、また障害物があると、減衰しやすい。
そして、視覚がおおむね空間情報を処理するのに対し、聴覚はおおむね時間的情報を処理する。会話の話し声、赤ちゃんの泣き声、音楽のリズムやメロディ、風の音、雨の音、雷鳴、鳥の鳴き声、虫の鳴き声、カエルの鳴き声など、すべて時間の流れの中に存在し、消えやすい。
ヒトの聴覚受容細胞の数は23,500個、聴神経は3万本である[樋渡涓二(ひわたり けんじ). (1977). 視覚と聴覚はどうちがうか. テレビジョン 第31巻第11号.]。視細胞は1億以上で、視神経は100万本なので、視覚に比べて桁違いで小規模である。
視覚優位で、脳で総合してから判断されるので、聴覚(時間情報)は、視覚(空間情報)に引きずられもする。gaを発音する唇を見せて、同時にbaという音声を聞かせると、被験者は中間の調音位置をもった「da」を知覚する。これをMcGurk 効果という[杉江昇、大西昇. (2001). 生体情報処理. 昭晃堂.]。
聴覚は、精度は視覚より低いが、両耳により距離と方向を感知する音源定位ができる。ヒトは空間情報を求める。足音だけが聞こえれば、どこから聞こえるのか、突き止めずにはいられない。雷鳴があれば、遠いか近いか気になる。
このように、音はもろく聞く力は弱いのだが、ヒトでは音響的言語が大きな役割を果たした。多様な発声ができるようになり、それで言語を生み出した。後で見るように、耳で聞く言語によって、虚構を操り社会を形成しヒトがヒトとなった。ところが、コンピュータのインターフェイスでは、眼の力に押され、音響的言語を活用してこなかった。