「あります。抵抗したんだと思います。あと、これは母親もですが、性的暴行の形跡はありません」

秋吉冬加はダンスのユニフォームのようなものを着ており、裸足だった。浴室の鏡は曇っていて、壁には水滴が目立ち、まだほんのりと湿気が残っていた。

深瀬は手袋を脱いで水に手を入れる。

「温かい」

「はい、浴槽に溜められていたのはお湯でした。自動湯沸かし機能は切られていましたので、段々冷めていったようです。風呂に入るところを襲われたんでしょうかね」

「いや、わざと湯を溜めた可能性もある。死後硬直を遅らせ、死亡推定時刻をわかりにくくするためにだ。人間は血流が止まると二時間ほどで体が固まりだして動かなくなる。つまり死亡推定時刻は血流が止まった後から逆算されるが、体を温めることで血行を促進し、最大で一時間以上死亡推定時刻を誤魔化すことは可能と言われている」

「では犯人は医学の知識がある人間だということでしょうか。医師や看護師とか?」

笹井はペンを走らせた。

「どうだろうか。今のご時世、この程度のことは誰でも調べられる。しかも実際、この程度のトリックで警察の捜査を撹乱することは不可能だ。ただ、意図的に現場を荒らして自分の身元を隠そうとしたことは、覚えておく必要がある」

笹井は頷きながらメモを続ける。

 

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次回更新は10月7日(月)、21時の予定です。

 

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