「お前は商人になるのだろう。お前は武士に未練があるようには見えん。寧ろ、傅かれ、仰々しい態度を取られるのが嫌そうだ。商人に向いているのではないか」
そう源次郎に言われ、清三郎は目の前の靄が晴れたような気がした。確かに清三郎は傅かれるのが苦手だ。堅苦しい武家の作法や慣習が無駄に思えてならない。商人として上手くやっていけるのか不安はあるが、それをいうなら御役目を上手くこなせる自信などない。
どちらも選べるなら少しでも堅苦しくない方がいい。少しでも勝手の分かる桝井屋の方が余計な不安も少なくて済む。考えれば考えるほど、その方が良いように思えてきた。
(己の武士への最大の未練は、早苗だった)
もしかしたら早苗と生きる道があるのではないか、その僅かばかりの希望も潰えた今、正直、武士であることに未練らしい未練などなかった。
ただ、新之丞や源次郎が寂しがるだろうという想いが残るだけであった。清三郎も兄達と気軽に会い、話をする身分ではなくなる事が寂しかった。
(父上は、どう思っておられるのだろう)
もう一人の肉親である父の事を清三郎はふと考えた。
【前回の記事を読む】どうかお幸せに―もし自分だけが彼女を幸せにできるのなら。いや、そんな時代はもう終わったのだ。不安げに見つめる彼女に私は…
次回更新は10月13日(日)、11時の予定です。