新之丞は、かなり真剣に清三郎達の行く末を考えていたらしい。まだ正式に打診はしていないが、祖母の実家のツテで、二人の婿入り先の目星は付けていると新之丞は言った。
「桝井屋の言葉だけ鵜呑みにせず、兄の言葉もよく聞くことだ。父上はお前達が決めたのならば、どちらでも良いと仰せだ」
清三郎と源次郎はチラリと目線を交わした。あの高圧的で、独善的な父が二人に決断を任せると言うなど考えにくい。叔父が金で圧力をかけたのか、何か弱みを握られているのか、謎は深まるばかりだった。決断の時が明日に迫った今、清三郎の心は揺らいでいた。
鳥の鳴き声が聞こえた。悶々と考えている内に、夜が明けてしまったようだ。一睡もできなかった清三郎は水でも飲もうと起き上がった。すると隣に寝ていた源次郎が声をかけてきた。どうやら源次郎も眠れなかったらしい。
「清三郎、俺は断ろうと思う。商人になった己をどうしても思い浮かべることができん。やはり剣に未練が残る。どうしても手放せん」
源次郎は清三郎の目を射貫くような鋭いまなざしで見た。兄が剣を握るときの目だった。正助や清三郎と一緒に商人になるのも面白そうだと思うのだが、どうしてもできないと源次郎は言った。
「源次郎兄上は、申し出を受けると思っていた」
清三郎は兄が商人になると思っていた。鹿屋お蓮と生きる道を選ぶのではないかと思っていたのだ。清三郎の言葉を聞いた源次郎は乾いた笑い声を上げた。
「お蓮さんはな。俺の事など眼中に無いのだ。父親の伝衛門からは正助を口説き落とすようにせっつかれているらしいが、お蓮さんは、ずっと昔から桝井屋の叔父上が好きなのだよ」
続けて、清三郎は色恋に昔から鈍いと源次郎は言った。なるほど、それでお幸は源次郎が店に来るのに、平気でお蓮を連れてきたのかと清三郎は合点がいった。十歳の子供にもわかる兄の失恋に全く気付かなかった己は、確かに鈍いにも程がある。