そこからは貸し切りマイクロバス(日本製、二十人乗り)で咸興 (ハムフン)市街(新興山(シンフンサン)ホテルで夕食)を経由して一路琴湖(クムホ)へ。もちろん北朝鮮側から派遣された案内員(という「監視役」)が同乗・案内してくれる。

未舗装で街路灯のない道路を走ること五時間(一カ所で休憩)、夜中の十時前にKEDO原子力発電所建設用地(以下サイトと表記)内の住居地域に到着。遠くから煌々(こうこう)と輝く「楽園」が見えた時には、何だかほっとし、救われた気持ちになった。

職場でびっくり! 韓国語でお出迎え

やっと私の職場となる朝鮮半島エネルギー開発機構琴湖(クムホ)事務所(以下KOKと表記1に着いた。

KOKからは徐(ソ)韓国代表(前安全企画部職員)と金(キム)行政職員(前在韓国オーストラリア大使館現地職員)が住居地域正門まで出迎えに来てくれた。その時に初対面の挨拶を交わし、私に割り当てられた宿舎(コンテナハウス)で現地事情の説明を受けた。

ジョーン米国代表(前在韓国米国大使館経済担当参事官)はしばらくして私の宿舎にやってきて、韓国語で話しかけてきたのでびっくりしたが、すぐに英語で「力を合わせて北朝鮮と闘うんだ2」と言われたのにはちょっと戸惑った。

が、彼はすぐに笑顔で半分冗談だよと付け加えた。第一印象はいずれも悪くない。もう一人の韓国代表は休暇中でサイトを離れていたため後日会うことになる。