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「何だか、不思議な人ですね」
葉山彩香は残っている赤い実を、大切そうに頬に当てながら、つぶやいた。少し目を閉じ、艶のある表皮のなめらかな感触を楽しんでいる。
「あら。あの程度のキャラ、ぜんぜん不思議とは思わないけどナ……ま、ある種のオーラは、認めるけどね」
腕組みをした黒崎耀子は、彩香に向かって、とぼけたような顔をしてみせた。業種が近いせいか、耀子の態度はすでに彩香の姉貴分をもって任じているようであった。
「でも、少なくとも、業界の人間やサラリーマンには、いないわね、ああいうの」
それから「神の美酒ねえ」といってから、そっけない口調で耀子は続けた。
「いまはそこらの自販機の缶ジュースにも、似たようなのがあるけど」
色浅黒い長身の庭師は、少し離れて、興味深そうに中庭の隅を歩いていた。影が群葉の隙間に覗く。枝の間に夏の青空が見える。ときどきしゃがみこんでは、庭木の葉をめくり、樹木の健康状態を調べている。
「言ってることは、ま、ただのハッタリね。何というの。結婚詐欺師とかには、案外、いるかもね、あの手のチンピラは。口ばっかりで、しょうもない奴よ、きっと」
「チンピラ、ですか」
ちょっと不満そうに、彩香が応えた。
「まあ、会社起こしたり、有名企業でそれなりのポストについたりってタイプじゃ、ないでしょ。どう見てもね」
暑くなった軒先では、噴水脇の水溜まりから、斑になった虹色の光が壁に戯れている。ミンミンゼミがいるらしく、背景で合唱している油蝉に交じって、ひときわ力強く鳴き出した。
店の方では、いつのまにか、ずんぐりした小太りの中年男が一人、ぽつんと座っていた。
三人は、中庭のあちこちをチェックしている庭師を置いたまま、店内の席に着いた。
そこには、一人の不機嫌そうな中年男が、夏だというのに青白い水ぶくれしたような顔をし、黄色のポロシャツを着てむっつりとしていた。これがまた、幾分太って見える原因なのである。いかにも運動不足の体型で、下腹が突き出ている。
憂鬱そうに店に置いてある雑誌を開き、さも軽蔑したような目付きで、記事を眺めていた。嫌なら読まなければいいものを、いちいち記事について、独りでぶつぶつと文句を言い、舌打ちをしている。
彼は二村良夫といって、樫の木五丁目に四人家族で住んでいる男であった。
【前回の記事を読む】大人になってひとかどの社会人になると、急速に失ってしまう、あの切なくなるような表情