カラスが全盛期だったのは一九五○~六○年代、アンナ先生のキャリアのピークは八○年代から今世紀初頭までだったから時期はずれている。アンナ先生の全盛期に『椿姫』がスカラ座で一度も上演されなかったなんて残念なことだ。

四十歳の時にカラスを聴いた人は二十年も経てば六十歳になってしまう。

マリア・カラスが活躍した時代はオペラが良かった時代だった。イタリアの大企業がスポンサーとなり、裕福な観客がイタリアだけではなく世界中から訪れた時代だった。

言うまでもなくオペラの上演は金が掛かる。歌い手や指揮者、オーケストラへのギャラの他に、舞台演出家、歌い手の衣装、舞台装置、照明、大道具や小道具、台本読みの進行係、どれ一つとってもとにかく金掛かりだ。

人々の娯楽が多様化した現代では、グランド・オペラの上演は大変な労力と経費を捻出しなければならないリスクのあるビジネスだ。そうでなくてもオペラは従来ステータスを打ち立てた中高年の富裕層の聴衆向き、という位置付けである。

何とか若い新しい層の聴衆を開拓したいと、ニューヨークのメトロポリタン・オペラでは会員制にして幅広くスポンサーを募るほか、学校から子供たちを引率しての鑑賞や、オペラ公演を映画にして入場料を取るなど様々な工夫をしている。

またコスチューム・プレイを現代劇にアレンジして経費を抑えるアイデアもしばしば見受けられる。私としては『ランメルモールのルチア』が現代風の衣装で現れるのを見るのはちょっと寂しい気がしないでもないのだが――。

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