ある夜、先生がノックもしないで走って病室に入ってきた。「もしかして手術しないでいいかもしれないよ」と言ってくれた。ウトウトと半分寝ていた私は、びっくりした。時計を見ると夜の九時近くだった。先生は今まで調べてくれていたのか、と思うと嬉しかった。
手術をしないでいいのなら、それに越したことは無い。ところが、何日もしないうちに、「手術の日が決まった」と言われて、夫が呼ばれた。息子も一緒に聞いた。
頭のど真ん中に腫瘍が二つもある。一つは取れるだけ取るけど、もう一つは大変難しい所にあるらしい。うまくいって十一時間かかるという。
これでいいですか?と言われても、まな板の鯉である。眠っている間にしてくれるのなら・・・と私はあきらめムードだったけれど、夫と息子はどんなに心配だったことやら。
金沢の病院で介護の仕事をしていた娘が帰って来た。他人の世話をしている場合じゃない、と判断して辞めて帰って来たのだ。母のいない自営業がどれほど大変なのかを知っているからだ。それに、家にも介護度四のおばあちゃんがいるし、この家はやっていけないと考えたのだろう。あと半年も働けば資格がもらえたのに、娘には本当に悪いことをした。
手術の日が決まると眠れなくなるそうで、看護師さんが「睡眠薬はいりませんか?」と毎日のように聞いた。私は普通に眠れたからかえって不思議だったかも知れない。
でも、さすがに明日が手術という夜は熟睡できなかった。すごい針で身体を刺したような感じがして何度も目が覚めた。もうこうなったら、逃げも隠れもできない。時間がくればやるのだし、時間が経てば終わるのだ。
朝、頭髪を剃りに下の床屋さんに行った。行く時に、「スカーフかタオルを持って行けばいいですよ」と言われた。「そうか、頭を隠すのか」と納得した。とりあえず、タオルをもっていったけれど、そんなことすると、エレベーターの中でよけいに目立つような気がする。いかにも「これから頭の手術です」と教えているみたい。
病室に戻ると、実家の母も娘も息子もいた。もちろん夫も・・・。なんだか私より夫の方が痩せて、「いったいどちらが病気?」と聞かれてもおかしくない痩せ方だった。私は部屋の中からすでに麻酔がかけられた。
この先は、後から聞いた話になる。ベッドで移動して、手術室に入っていく時に「両手でピース」をしたという。夫は、「おまえほど、度胸のあるやつはいない」と後で言った。
【前回の記事を読む】「なんかおかしいぞ」と思っていたところ、様々な症状が出始め…。そして、紹介状をもらった病院でとんでもない病名を告げられた…
次回更新は10月7日(月)、11時の予定です。