……話が難しくなってきた。わたしはもうひとつ、今日敬明に聞こうとしたことを思い出した。
「蒐優社の社長って、どういう人なの?」
「墾野(こんの)泰憲(やすのり)准爵って、聞いたことないか? 八年前の戦争でボロ儲けして、その金でどんどん事業を拡げていった大金持ち。本邸はひとつの町かと思うほど広くて、使用人も五十人以上いる。爵位だって、その金で買ったんだよ。
戦争なんかしてはいけない、とか言ってたのに、戦争が終わってみたら、誰よりもその利益を貪ってたんだよ。それでいながら、いま頃になって、戦争しなくても話し合いで解決できたのに、なんて言ってる」
「……」
「墾野准爵は三年前に蒐優社の筆頭株主になって、社長になった。准爵の弟はフルグナ人と結婚していて、公営放送局の役員をしてるんだけど、いろいろ悪い噂がある」
「悪い噂って、准爵の弟について? それともそこの放送局に?」
「両方」
「わたし、工場の寮にいたとき、みんなとよく食堂でラジオを聴いてたんだけど、そこの局、ときどきすごく不愉快な番組やってたよ。人を貶めたり、不幸をおもしろがるような」
敬明は視線を遠くへ移して言った。
「……墾野准爵はよく政府を批判して、この国の良心みたいに言われてるけど、裏では官僚と取り引きして、いろいろ便宜をはかってもらってる。
自分はあざといやり方で大金持ちになって、贅沢三昧の暮らしをしているのに、商売は儲かればいいなんてものじゃない、人生は金じゃない、心が大切なんだ、なんて本を書いてるし……」
わたしは笑ってしまった。
「その一方で、貧しい人を救うために政府は金を出せって、やかましく言ってる」
「准爵は大金持ちなんでしょ。自分のお金を出せばいいのに」
【前回の記事を読む】はじめて間近で見た中将。偉そうには見えず、無能な軍人の見本のような人だったらしいが…。それでも出世できた理由とは
次回更新は10月5日(土)、11時の予定です。