第五章 心の底
一
客間に茶菓を出して台所に戻ると、仕事を終えた黛さんが椅子に座って、自分で淹(い)れたお茶を飲んでいた。
わたしはさりげなく、黛さんに話しかけた。
「わたし、中将なんていう人をはじめて間近で見ましたけど、あまり偉そうには見えない方ですね」
「無能な軍人の見本みたいな人だよ」
黛さんがあまりにもはっきり言ったので、わたしは少し笑った。
「でも、出世できたんですね」
「奥様と結婚したからだよ。それも誰かの入れ知恵だったらしいけどね。それに、失敗をごまかすのがうまいんだよ。ああいう人が出世するんだねぇ。いやな世の中だよ」
「……奥様って、ここの奥様のことですか?」
「そう。集井中将は、貴子様の元夫だったの」
「そうだったんですか……いつ離婚されたんですか?」
「正式に離婚されたのは二年前。それ以前から、ずっと別居されてたけどね」
「でも、いまでもおつき合いがあるんですね」